ニューヨークでの第一歩!
⭐️お金がないからとロスで写真学校を一からやり直すことに決別した私は、将来の展望も何もないままニューヨークという大都会に殴り込みをかけたのです。
Prattの大学院に在籍していたとはいえ、私は最初から業界に入ることを目指していました。ニューヨークに着くや否や電話帳を手に入れ、どこでもいいから雇ってくれるところを探したのです。
でも現実は厳しかったですね。かたっぱしから断られました。海外では何の保証もありません。収入を得ようと思ってもちゃんとビザを持っていないわけですから、そう簡単には見つかりません。雇う方は私に帳簿外でお金を払うしかないわけですから、経費として落ちません。当然重荷になるわけで、余裕のあるところでないとこういう人間を雇うことは難しいでしょう。
とは言っても、私に払うお金なんて大したことはないので、そんなに大きな問題だとは思わなかったのですが、、。
インターンシップの活用
⭐️最終的に取った手段とは大学のインターンシップを使っての方法でした。こちらではインターンシップとして学生を実際の仕事の現場に行かせる授業形態が人気を集めています。
私も結果的にはこの制度を利用したわけです。単位ももらえるし、業界に入れるというわけです。
大学からの電話であればどのスタジオも無視するわけにはいきません。ある程度インターンを受け入れる義務が彼らにはあるのです。
⭐️私は広告関係の仕事をしているニューヨークでトップの写真家のところに落ち着く事となり、それからの毎日は朝から晩までスタジオに入り浸りという生活が始まったのです。ロスでアートセンターに一から入っていたらどうなっていたか、私にはわかりませんが、少なくともこのニューヨークに来て即業界にまぎれこめたという事は幸いでした。
朝一番でスタジオに入り、掃除から撮影の準備、撮影に立ち会い、暗室、後片付けと仕事は深夜に及ぶ事も。私は当時ブルックリンに住んでいたのでどんなに遅くなっても頑張っていたのです。情熱というものですね。若さですね。
慣れてくると、スタジオを自由に使っていいと言われたので、言われた瞬間から私は可能な限りスタジオに寝泊りしながら自分の写真を取り始めたのです。スタジオの方たちの信頼がなければできなかったことですが、毎日が本当に充実した生活になったことを今でも覚えています。